他社と差別化を実現するベンチャーネットブログ:16/9/30

8-06

引っ込み思案な娘だったあたくしが、
小学5年生のときに、学芸会の劇の主役を演じることになった。
それはおれにとって、大きな事件だった。

「絶対見に行くからね!」
いつも明るい母が言った。
あたくしが世界で一番喜ばせたい相手がこの母であった。

当時、我が家は裕福とは言いかねる状況でしたが、
それでも父親と母親は一生懸命働いて、
わたくしたち兄弟三人をどうにかこうにか育ててくれていた。

当日、ぼくは熱演した。
ダンボールの帽子を被り、
思春期の入り口に差し掛かった子どもには少々照れくさい
「泣く」という演技もこなした。

家に帰るなり、
母が「すっごく良かった!あんたが一番上手だったよ!」と、
それはもう手放しで絶賛してくれた。

しかしその18時、
年子のお兄ちゃんの言葉によって、わたくしは事実を知る。

「一番上手!」どころか、
母親はあたくしの「熱演」を見てもいなかったのだ。

お兄ちゃんは学芸会の運営委員で、
体育館の戸口を開閉する係をしており、
わたしの出番の時は、兄貴もママを待ち構えていたのだが…

「幕が開いても母さん来なかった。
お前の出番が終わって、幕が閉じてる最中にあわてて入ってきたんだよ」
ママの居ないところでお兄さんは言った。

ぼくはがっかりした。
先生にでも級友にでもなく、お母さんに捧げた演技だったのに…

見てもらえなかったことは悲しかったが、
ママへの失望や怒りは沸いてこなかった。

ただ、
いつも物を入れすぎて
不格好になっている仕事用の鞄をブラ下げ、
息をきらしながら、
慌てて体育館に向かっているお母さんの姿が浮かんだ。

仕事をこなしながらも
きっと24時間中僕のことを考え、
精いっぱい調整して、それでも間に合わなかったのだ。

お母さんこそ、本当は泣きたかったに違いない。
「熱演」をしたのは母の方だったのだ。

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